岡本太郎生誕100周年

ACCOMPLICE, ACCOMPLICEシリーズ, 英国

 エリック・カーティス シリーズ制作再開の準備(脳内環境)でアウレリウス・アウグスティヌスの本を読み直そうとしたら、脳が『無理』と言いましたw すっかり頭弱いモードのわたくし。打ちひしがれる!!w
 思想・哲学脳には徐々に移行しないと無理ですね(苦笑)。少なくと電車の中で読んでも全く理解出来ん!www
 
 アウグスティヌスは難しいので、ウォーミングアップにジョルジュ・バタイユの本でも読もうかなーと思いましたw 人物像と断片的な彼の思想は知っているものの、ちゃんとした本を読んだことはないんですよね。
 岡本太郎生誕100周年展のサイトで、バタイユと岡本太郎が友達だったというのを知った時は変な笑いが出ましたが、言われてみれば彼らは話が合いそうです。バタイユ面白い人なんですよね。頭良過ぎて意味不明で面白いw
 主人公エリックは、王子と色々話した時にも言われたのですが『私そのまんま』みたいなキャラクターなので(『LIEBENDER』のハインリッヒもそうですけど)基本的には非常に分かりやすいキャラなのですが、やはり「19世紀末英国」と設定していると、その時代特有のアウトプットの仕方というのがあって、その参考にバタイユがぴったりかなと思っているんですよね。時代に誤差はありますが、近い思想だよなぁと。特にエリックは民俗学者という設定なので、上手くやらないとと思っています。
 
 エリックもバタイユも共通して常識・通念・理論・法的制約・科学、そういったもの(当時はそれらが「宗教」でまとめられていたと思います)の枠を壊した思想、人間の本質、人間自身、ある種動物的な本能的なもの、生命そのもの、真の欲求、人間の真理、そういったものを綺麗汚いを超えて抉り出そうとするような、そんな感覚があるように思うのですが、それらは現代人である私と同じものを見ているとは思うものの、枠である宗教的といえる「常識」という概念が違うので、やっぱりそのアウトプットのされ方、捕らえ方が違う部分はどうしたってあるだろうなと。
 娯楽作品として作っているので勿論難しい思想哲学を論じるような内容ではないのですが(笑)ライターのMICHIRUさんがどう書いてくれるのかにもよるものの、作品の軸がそのあたりのところにある作品なので、再度、その時代の考え方を確認しなおさないとなぁと思っています。
 これからプロットの見直し、ブラッシュアップを行う予定があるので、ちょっと、思想哲学脳を叩き起こさないと駄目そうですね。
 
 ところで。岡本太郎100誕サイトといえば。岡本太郎記念館には行ったけれど、「生誕100年 岡本太郎展」には行きそびれたなぁと思ったり。岡本太郎美術館も元旦那さんと一緒に行こう行こうと話していたのだけれど……いかず仕舞い(苦笑)。
 岡本太郎100誕サイトを見るまで、岡本太郎さんがバタイユと友達とかパリ大学で民族学勉強してたとかシュルレアリスムの運動に参加していたとか全く知らなかったのですが、作品の持っているエネルギーが凄く好きだったので、生の作品を色々見てみたいなぁと言うのは凄くあります。実物を見ると全然違うんですよねぇ……。
 最初に出会った岡本太郎作品は、家にあった食器なのですが(笑)あれってどこで手に入れたものなのだろうなぁと今になって思います。砂糖入れだったんですけどね。岡本太郎のことは知りませんでしたが、凄く好きでした。
 
 そうだ。折角なのでアウグスティヌスの名言を一つ。
 
「敵意がそれを抱く者の心に与える傷は、敵に対して与えることのできるいかなる傷よりも深い。」
 
 そうそう。名言っぽくないですけども「神よ、私に貞潔さと堅固さをおあたえください。ですが、いますぐにではなく。」というのも好きです。「いますぐにではなく。」分かるわー。いますぐじゃないんだよ。そうなの。
 
 と。書き終わったところで出向先での臨時お仕事終了。確認取れた。これから会社に向かう! お昼食べてから出勤かな。

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